【ドキュメンタリー映画『Peace』】平和と共存とは?野良猫コミュニティがヒントを教えてくれる。想田和弘監督作品
今回紹介する【にゃんこのおすすめ】は、映画『Peace』。2010年に公開されたドキュメンタリー映画です。
大の映画好きな人だけが知っているといった作品。筆者がこの映画を知ったきっかけは、ラッパーでありながら映画評論家としても定評のあるライムスター宇多丸さんが絶賛していたこと。
猫映画なら想田監督の『Peace』一択!
と、某映画の中で熱く語っていたのがとても印象的でした。ですので、今回満を持してチョイス。
作品テーマは「平和と共存」。作中の猫社会にもそのヒントがあるのだとか。約10年前の作品とは思えないほどにいまだに変わらない現実を突きつける、厳しくも穏やかな作品です。
お品書き(目次)
映画『Peace』は、どんな作品?
『Peace』は、2010年に公開された想田和弘監督によるドキュメンタリー映画です。韓国の映画祭から「平和と共存」をテーマにした映画をとオファーされて製作した作品。
舞台は岡山県岡山市。NPOで訪問介護サービス事業を営んでいる柏木さん夫妻とサービス利用者の日常、そして庭先の猫たちとの交流する様子を、想田監督のカメラが静かに淡々と捉えます。
柏木さんの自宅の庭に集まってくる、見た目に個性豊かなたくさんの野良猫たち。柏木寿夫さんが毎日食を与えて、世話を焼いています。ある日いつも通ってくるメンバーとは違う猫が突如紛れ込み、餌を横取りするように。穏やかな日常をおびやかす“泥棒猫”です。まるで人間社会の縮図のようにも見えてくる不思議。
なんでもないように見える、“普通の日常”。住む人の数だけ思惑が存在し絡み合うことで、小さな事件が毎日起きます。
平和とはなんだろう。多様性が叫ばれる時代、生きてきた背景が違う人間同士が共存していくにはどうしたらいいのだろうか。
この人類の普遍的な問いに対して、柏木夫妻と彼らと関わる人たち、そして猫社会から、確かに感じ取れるものがあります。
本作は、2010年バンクーバー国際映画祭など6映画祭に正式招待され賞も獲得、当時大きな反響がありました。
※映画『Peace』受賞実績
・2010年 東京フィルメックス 観客賞
・2011年 香港国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
・2011年 ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭 ブイエン&シャゴール賞
(C)Laboratory X, Inc
想田の妻の実家・柏木家に住みついた野良猫グループと泥棒猫との確執。91歳の独居老人と、彼をボランティア同然で介護・支援する柏木夫妻。その夫妻自身にも迫る老い。そして、己の死を見つめる橋本の脳裏に突然蘇った、兵隊としての記憶―。戦争と平和、生と死、拒絶と和解、ユーモアと切なさが同居する「生の時間」を体感し、「共に生きる」ことの難しさと可能性に思いを巡らせる。(C)Laboratory X, Inc ※文章引用:Amazonプライムビデオ『Peace』より
※以下、ネタバレになる表現があります。未視聴の方は先を読むのをお控えください。
猫コミュニティに学ぶ、「過ちを許す」寛容さのある社会
映画の冒頭から、猫が登場。茶トラ、キジトラ、白、黒白・・・、いかにも色々なところから集まってきましたといった多様な顔ぶれがそろいます。
猫フードや牛乳を、お弁当のカラ容器いくつかに雑に分ける柏木寿夫さん。準備されるやいなや猫たちが寄ってきて黙々とおなかを満たします。
その様子を、少し遠くの家の脇から見ている黒白ミックスの少し薄汚れた猫。鋭い目つきで食べ物を狙っている“泥棒猫”です。
仲間意識や縄張りがあるのでしょうか。以前からいる他の猫たちのグループには入りません。
寿夫さんは、その“泥棒猫”にも平等に、少し離れた場所で同じエサを与えます。猫たちの中に少しピリピリした空気がただよっています。
寿夫さんが野良猫にエサをやるようになったのは、20年前から。猫たちを観察してこんなふうに話します。
この子たちの中には、子猫のときにきた子もおる。
捨てられて、いじめられて傷だらけになっていた。
猫には縄張りがあるから、はじめは排除していたんやけど。
そんな状態で健気に毎日(ここに)通い続けてくるから、
まわりの猫たちはいっしょに過ごすことを許したみたい。
最初1匹飼ったのが、次々に増えて、
またおらんようになって
次は白いのが常時おるようになって、
時々外から入って仲間になるような感じ
寄ってくる猫は、病院に連れていって去勢する。
でもいつのまにかまたどこかへいくんやわ。
メスは年をとると、若い猫に場所を譲るみたい。
オスよりメスにその傾向がある。
なんでかはわからんけど、知らん間に一匹ずつおらんくなる
若いもんが残る
作中、猫たちの様子が時折挟み込まれます。中盤には、泥棒猫と従来の猫たちがケンカをする様子も映し出されていて。
寿夫さんが猫たちをなだめたところで、当然何も解決にはつながりません。できることは、ただ様子を見守るだけ。
ラストシーン。断裂状態だったあの猫たちが、いっしょに同じ場所でごはんを食べていて戸惑います。何があったのでしょうか。
寿夫さんいわく「この子たちは泥棒猫を許して、いっしょに過ごすことにしたんや」。
食べ物や居場所を強引に奪い取ろうとした猫は、すでにいたコミュニティの猫たちがいつしか静かに受け入れていました。
過去にあったことを責めず、争うことなく。必要以上に踏込むことなく、共に同じ場所でただただ静かに過ごす日常が大切。
小さな小さな猫社会にあった、平和と共存のヒント。きっと見る人によって捉え方感じ方が違います。議論するときっとおもしろいのでしょうね。
ただ、柏木夫妻の奥さん・廣子さんは「汚い飼い方はしてほしくない。夏はハエがたかって困るし、近所もいい顔をしない」と頭を抱えている様子。寿夫さんは、笑って聞かぬフリ。
ぐぬぬ・・・人間社会は近所付き合いも大事です。このあたりの小競り合いは、どこの夫婦にもある問題。柏木夫妻と言えども、理解し合えない部分がありながら受け入れつつ暮らしているのですね。
誰もがひとりの人間。目線を同じくして支え合いながら生きる
訪問介護サービス事業に携わる柏木夫妻。ともにおそらく近々70歳を迎えるであろう年齢、いわゆる後期高齢者に近い当事者でもあります。
夫の柏木寿夫さんは、養護学校を定年退職したあと福祉車両を運転。本作では、車椅子のヒデちゃんといっしょに公園を散歩したり、身体障害のある安田さんを施設に送ったり、知的障害のある植月さんの買い物に同行して最後は回転寿司をいっしょに食べたり。
一連を見ていると、寿夫さんのまなざしや口調がとても柔らかい。利用者さんをさりげなくサポートする様子からは、誰でも「ひとりの人間」として同じ目線で接する大切さを教えてくれます。
また、なにげない会話のやりとりからは、寿夫さんのユニークをまじえた愚痴らしき言葉もポロポロと飛び出します。
道路交通法が変わって、70歳以上の免許更新はハードルが上がった
視力が下がっていたら、メガネを新調せんとな
講習も受けないとあかんし、お金ばっかりかかる
大変や
「そうかー、大変やなー」
利用者の人も、寿夫さんと同じ目線で会話。
お互いの大変さを共感し、慰めあって、時折自虐も含めたユーモアで返します。
作中中盤では、寿夫さんが福祉有償車両講習会の講師として登壇している様子が映し出されます。
政府の援助が一切なく赤字続きの運営に、「なぜそれでも続けているのか?」の問いに対し、「惰性かな?」と笑いをまじえて答えていた寿夫さん。登壇中にはつい本音もこぼれます。さっきまでニコニコ聞いていた受講者の眉間にはシワが・・・。
手取りは少ないし、動けば動くほどガソリン代がいる
土日なしで稼働
とはいえ、営利というほうがおかしい
これは金儲けではない ボランティア
収益あがらんとか不平をいうほうがおかしい
原点に戻らなあかんといつも思う でもついつい不平不満が出る
これからはじめようとしている人にマイナスの話をしたくない
お金にはかえられない話があるから
第一線で働く寿夫さんだからこその声。理想と現実。国が「誰もが安心して暮らせる社会」と掲げても現場に還元されるのはいつのことか。
寿夫さんは余計なことは話しません。社会生活を送るのが少し困難な人にそっとサポートをして共に生きていたい。その一心だけで動いています。
人はお金だけでは生きていけない。寿夫さんと利用者さんのぽわぽわしたやりとりを見ていると、心にあたたかいものがわいてくるのです。
目の前の人にとって何が大事なのかを知る。価値観を押しつけない。
柏木夫妻の奥さん・柏木廣子さんは、訪問介護サービスのNPOを運営。利用者のひとり、肺が末期ガンに侵され定期的に病院の緩和ケアを受けながら自宅でひとり暮らししている橋本至郎さん(91歳)を、廣子さんが月に一度訪問します。
橋本さんは、車も入れない細い路地の奥の奥に、古い文化住宅のようなところで住んでいます。ダニやノミがいて、防虫スプレーを全身にしてから訪問。台所の石けんは、ネズミがかじったあとが。画面越しで観ていても思わず目を細めたくなります。
そのとき私は「病気を抱えた高齢者のひとり暮らし、不衛生な中でのケアは大変だろうな」くらいにしか感じていませんでした。そんな私の頭をガンと殴る衝撃シーン・・・。カメラがまわっているときに橋本さんに戦時中の記憶が蘇り、淡々と語りはじめたのです。
橋本さんのもとには「赤紙」ではなく「召集令状」が送られてきた。当時のハガキ代が一銭五厘だったから、周りの仲間達は召集令状を一銭五厘と呼んでいた、というくだり。
自分たちの命は、一銭五厘の価値。
替えはいくらでもおる、とお上から言われているようだった。
実質上道徳も人権もなかった時代に植え付けられた価値観に、橋本さんは今もなお深く傷つき、苦しんでいるように見えました。
そんな橋本さんは律儀でチャーミングな方。人と会うときや病院を行くときは、おしゃれを欠かしません。カッターシャツに着替えて猫のネクタイを締めます。自宅では、下だけ股引だったりチグハグだけれど、来客への敬意を忘れない姿勢に顔がほころびます。
「はよ往生せな。迷惑ばかりかけてごめんやで」が口癖の橋本さんは、煙草の「Peace」が唯一の楽しみ。病院の担当医師は、橋本さんと話すときはニコニコ、近況を聞き共感するだけであえて禁煙させるようなことはしません。
廣子さんはというと、「ほんとは橋本さんの体のこと思ったらやめてほしいなとは思うとるよ」とさりげなく声をかけます。押し付けるような意志はいっさいなく、橋本さんをいたわる気持ちを感じます。
体をむしばむ煙草。でも橋本さんにとっては残りの余生、たったひとつの楽しみ。それを薄っぺらい善意で第三者がとりあげる権利などないのだなと気付かされました。
価値観のあり方、共存について、深く考えさせられます。
利用者の訪問時間の単位は、1時間。あれやこれや話したりサポートしていると、あっという間に時間が過ぎ、パーキングの駐車時間は軽く1時間をオーバーします。オーバー分は事業者負担。
移動の車の中で偶然流れた政見放送のラジオ。当時首相だった鳩山さんの力強い声が響き渡ります。「社会保障の〜〜〜、暮らしの安心を支える医療介護〜〜〜」。
外の締められたシャッターに貼られた民主党のポスターの文言「国民の生活が第一」。毎日現実と向き合う廣子さんにとっては、声も言葉もどこ吹く風。ドキュメンタリーならではの偶然に、観ているほうに緊張感が走り背筋がゾクゾクしました。
あとがき
2010年のドキュメンタリー映画。私自身が第一線を経験したことがないためわからないのですが、おそらく介護をとりまく現場や待遇はほぼ変わっていません。
いや、それどころか、10年前よりも厳しい状況になっている?とさえ感じます。
『Peace』は理想を声高に叫ぶ人たちでなく、今この時を一生懸命に生きて支える人たちにフォーカス。
私達はそれを観察して、今の時代に必要な課題や問題を感じ取る。そして、個人ができる範囲でサポートが必要な誰かをそのまままるっと受け入れ、そっと手をさしのべて顔を合わせて会話する。
そんな穏やかな日々の積み重ねが平和と共存につながるのでは?と問いかけてくるような映画でした。
岡山弁のあたたかさもまた、この作品をつくる“あたたかさ”に欠かせない味のひとつ。
レンタルしてぜひ観てください!
◆作品情報
映画『Peace』
公開日:2010年9月
監督・製作・撮影・編集:想田和弘
製作補佐:柏木規与子
撮影協力:共助グループ喫茶去、岡山済生会総合病院、移動ネットおかやま
配給:東風
(c)『Peace』2010 Laboratory X, Inc.
公式サイト:http://peace-movie.com/
※動画配信サイト
AmazonPrimeVideo
※「にゃんこのおすすめ」カテゴリの記事は、エンタメ応援と小さな命と最後まで一緒に過ごしてほしい活動の元に作成しています。
「にゃんこ」の活動について、詳しくはこちらをご覧ください。
https://morisugi.net/news/about_nyanko/
◆2021年7月7日にリリースした、にゃんこの新しいミュージックビデオ絵本。
大切な人、大切なペットを想いながら聴いてください!
<古川愛理×にゃんこから10の手紙【特別版】「いつかくること」>
◆「にゃんこ」がミュージックビデオになりました!
<Answer〜ニャンダフルライフ>
◆出会えた猫ちゃんと最後まで過ごして欲しいという想いを込めた作成した、絵本の朗読動画です。
<にゃんこから10の手紙>
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